あの人が、桜を見に連れて行ってくれた。
いつも、たいていは“何処に行くのか”“何しに行くのか”って、事前に言われることはない。
それはきっと、言う必要がないから言わないのだと思っていた。
だから、よっぽどの事がない限り、あの人が連れて行くところなら何処でも、黙って着いて行く。
もちろん、今回もそうだった。
あたしにはどこかわからない目的地へ向かう途中で、桜の話になった。
道すがら、ソメイヨシノはもう散ってしまっていた。
目的地の更に先で、ボタンザクラなら見れるかもしれない、っていう話をして…。
そして。
あの人は、大きく寄り道をして、桜を探しに行ってくれると言ってくれたんだ。
里では散ってしまった桜も、奥まで行けばまだ見れるかもしれないと。
あたしにとって桜は特別のもので。
連れて行ってくれると言われただけで、泣いてしまうくらい特別なもので。
そんな特別な桜を、あの人と見れるなんて…。
しばらく行くと、水鳥がいる整備された公園に、うすいピンクの桜が咲いていた。
それは花の盛りを過ぎつつある桜だったけど、あたしの心に沁みる、美しい姿だった。
しっとりとした雨上がりの空に、よく似合う景色だった。
樹全体でやわらかいピンクに色づいて、沁み立たせ、匂い立たせて。
ひらひらと散って、黒い土や人工の小川を覆う花びらも。
ずっと夢にみていた、憧れの景色をあの人はあたしにくれた。
何のことはない公園で、桜を見て泣いてるあたしは、とても奇異な姿であったと思うけど。
涙を止めることが出来なかった。